1..

「これが『跡形も無い』というやつなんだ・・な」

少年は小雨が降る中、じっと焼け崩れた家を見ていた。



実家が焼失したのを知ったのは、一人暮らしを始めたばかりの部屋でぼんやりと見ていたTVのニュースだった。
普段ならニュースなんて見ることも無いのだが、今日は引越しの後で疲れてぼxぅっとベッドに腰掛けていたところだった。
アナウンサーもいつもとかわらず、神妙そうな顔のまま淡々とニュースを読み上げている。
不意に、少年の住んでいる町の名前がでてきた。続いてTVに焼け落ちた家が映る。
見覚えのある道路、見覚えのある傾いた電柱、見覚えのある門。
少年はTVに釘付けになった。TVはすぐそこなのに、アナウンサーの声がやけに遠く感じる。画面が切り替わり、救急車に乗る人の映像を映し出す。映像の下には、見慣れた名前がでてきた。少年の父親の名前だ。
数分後、まだ開いていないダンボールの置いてある部屋には誰もいなかった。

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2..

火事になった時は晴れていた空も、一日経った今はどんよりと曇って小雨が降っている。
少年は焼け落ちた家の残骸に、足を踏み入れた。家の間取りを思い出すかのようにゆっくりと歩いてまわる。時折、残骸がパラパラと崩れる。
歩いていた少年の足が止まり、そのまま屈みこむ。その視線の先にあるのは変形して真っ黒になったTV。
その周辺にはやっぱり原形をとどめていないプラスチックの塊が散乱している。
少年はそれらを丁寧に取り上げ、丹念に見回す。しばらくすると首をかしげ、他の塊を取り上げてまた丹念に見回す。
そうして5,6個見たところで空を見上げた。
強まった雨が顔を、頬を打ち、水滴となってもう一つの水滴と共に流れた。

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3..

少年が病室に入ると、父親がいた。
顔と体中に包帯が巻かれた父親の容態は、医師によれば火傷で全治1ヶ月と診断された。
「あぁ・・きたか・・」
ベッドに近づくと、寝ていたと思った父親が不意に口を開いた。ゆっくりと、顔を少年のほうに向ける。包帯でわかりにくくなってはいるが、すこし笑っているようにも見える。
少年は無言のまま立っていた。
「家、見てきたのか」
「あぁ」
少年がやっと口を開く。しかしその口調は父親に対するにはぶっきらぼうだ。この病室に来るまでに警察から今回の出火原因を聞いていた。父親のタバコの不始末だという。

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4..

父親はいつごろからか、酒を飲み始めた。最初はほろ酔いで帰ってくるくらいだったが、次第に深酒をするようになり、幼かった少年がビデオを見ていると、怒り出すようになった。
少年が成長するにつれて父親とのケンカもエスカレートしていき、ついに17歳になった時に家を出た。少年はそれから1年ほど先輩の世話になり、仕事に慣れて一人暮らしを始めた。


少年が父親を見る。その視線は軽蔑に近い。
「そこの袋を・・」
父親が横になっているベッドの隣のテーブルに、茶色い紙袋が置いてある。少年が中を覗くと、一本のビデオテープが入っていた。

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5..

「君は、この子にどうなってほしい?」
「そう・・ねぇ・・・・。ありがとうってちゃんといえる人になって欲しいかな?」
「なんだ、欲がないなぁ・・。俺はやっぱり・・・・」
TVの中で女性が笑っている。そのTVの前には3歳になる男の子。その後ろには、父親が座っていた。
決して美人と言うわけでもないが、その笑顔はとても人懐こく、やさしい。女性は父親の妻であり、少年の母であった。
母親がすでに他界していることは、その居間の奥の仏壇に遺影があることでもわかる。
ビデオが終わると、しばらくして自動的に巻き戻る。男の子はそれをちゃんと待ってから、再生を押す。
しばらくして、再び母親が笑う声が聞こえる。男の子もつられて笑う。
またビデオが巻き戻った時、父親は立ち上がり、男の子が再生ボタンを押そうとするのをそっと止めた。
男の子はその手を振り解こうしたが、ふいに頭に水滴が落ちてきたので不思議そうに上を見た。

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6..

「許してくれるとは、思わないがな。おまえの宝物だったからな・・」
父親の顔がまた笑ったようにゆがむ。
「すこし、ゆがんじまったけど・・・なんとかなるだろう」
少年がテープを手に取ると、確かに角がややゆがんでる。しかし再生できなくはなさそうだ。
「そいつをもってたから助かったのかもな・・消防士が言ってたよ。奇跡だってな。」

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7..

父親が目を覚ました時、すでにカーテンや天井にも火が燃え移っていた。なぜこんな状況に・・と思ったが、とりあえず外へ出ようと起き上がる。
炎を避けながら、なんとか玄関から出ようとしたときに、ふと息子のことが脳裏によぎった。18歳の息子ではなく、3歳の息子。TVの前に座っていた息子。
おもむろに居間を振り返り、猛然と走り出す。TVの横の棚からビデオテープを探し始める。手前にあるビデオテープを取り出しては投げ出し、奥に仕舞いこまれたビデオテープを見つけ出す。
それを服の中に大事に抱えながら、玄関へと向かう。しかし炎は天井を覆いつくし、崩れ始めている。更に周囲には煙が充満し、父親は四つんばいで進まざるを得なくなった。
玄関まであともう少しというところで玄関が崩れ落ちる。そして父親の頭上にも焼け落ちた木材が倒れてくる。
そのまま倒れこむ父親。かろうじてテープを抱え込む。

「そいつをもっていきな。元気で・・な。」
父親はそういって、少年から首をそむけた。
少年はビデオテープを抱え、じっと目を瞑ったままたたずむ。
やがて、何かに気がついたように目を開け、上を見上げた。

「・・ありがとう・・父さん」

父親の手に、水滴が落ちた。

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